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宗吾霊堂

鳴鐘山東勝寺宗吾霊堂、真言宗豊山派の寺院。
木内惣五郎というのが実名。
父の木内源左衛門は千葉重胤の家臣で、小田原
の合戦で北条方の一翼として、湯本口を守って
豊臣秀吉の軍勢と戦い、その武勇を謳われた。
北条氏が滅亡したのち、主君の重胤が流浪の
果てに生涯を閉じたことを深く悲しみ、武士
を捨てて、下総国印旛郡公津村に住みつき、
農民となった。惣五郎は父源左衛門の長男。

佐倉藩十五万石の国家老は冥加金を徴取し
年貢米へ一割二分の増税を実施したほかに
寺社税・人頭税・労働税・営業税・家屋税
・出産入籍税・祝儀税・絹物税・牛馬税・
天秤棒税・鋤鍬税・野菜税・味噌税・醤油
税など、二十九種に亘る不当な重税を課した。

徳川四代将軍家綱の近くに訴状を差出、保科
正之の手に納められた。
面目を失した堀田正信は、苛責なく厳罰に処せ
と命じた。

惣五郎は磔に、子孫を根絶やしにするための
魂胆で長男彦七を除く三人はいずれも女子で
幼い子供を見るのも無残な打首がおこなわれ
公津ヶ原刑場の露と消えた。

堀田家歴代の主は毎年八月三日の惣五郎の
命日に祭典を行い、宝暦二年の百回忌には
涼風道閑居士の法号を贈り、寛政三年の百
五十回忌には、徳満院の三字を加えた石碑
を寄進して、その冥福を祈った。
義民佐倉宗吾の名は、後世に語り継がれて
いる。

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