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根津神社・青銅燈籠

根津神社と言えば、ツツジまつり・9月は江戸三大祭の一つともいわれる
根津神社例大祭が有名で、神社の境内となる前から、徳川綱重が屋敷の
庭につつじを植えたことに始まっているとのことです。

神社の御由緒に「根津神社は今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木
の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉
建している」と書かれている歴史の古い神社です。

社殿前に一対の青銅灯篭が並んでいます。宝永7年(1710)に
藤堂和泉守高敏が奉納したもので昭和6年(1931)に国の重要文化
財に指定。藤堂和泉守高敏は、伊勢国津藩の第5代藩主です。
鋳物御大工 椎名伊豫藤原重休の銘が残されています。

神田明神 大黒祭り

江戸東京に鎮座して1300年近くの歴史をもつ神田明神。
江戸時代には、「江戸総鎮守」として将軍様から江戸庶民にいたるまで江戸のすべてを守護されました。

「大きな袋を肩にかけ」が歌い出しの童謡『大黒様』(だいこくさま)は、1905年(明治38年)「尋常小学唱歌 第二学年」
上に掲載された文部省唱歌。
作詞者 石原和三郎 作曲者 田村虎蔵

大きなふくろを かたにかけ
大黒さまが 来かかると
ここにいなばの 白うさぎ
皮をむかれて あかはだか

大黒さまは あわれがり
「きれいな水に 身を洗い
がまのほわたに くるまれ」と
よくよくおしえて やりました

大黒さまの いうとおり
きれいな水に 身を洗い
がまのほわたに くるまれば
うさぎはもとの 白うさぎ

大黒さまは たれだろう
おおくにぬしの みこととて
国をひらきて 世の人を
たすけなされた 神さまよ


湯島聖堂

今日は御茶ノ水界隈の散策をいたしました。
ニコライ堂・神田明神・湯島聖堂巡りの散策です。
湯島聖堂は、もと上野忍ヶ岡にあった幕府儒臣・林羅山の邸内に設けられた孔子廟(先聖殿)を元禄3年(1690)、五代将軍綱吉がここに移し、先聖殿を大成殿と改称して孔子廟の規模を拡大・整頓し、官学の府としたのが始まり。この時からこの大成殿と附属の建造物を総称して「聖堂」と呼ぶようになった。

市川市保存樹木『千壽銀杏』

行徳街道筋には神社・寺社が多く鎮座している、神社には古木で銀杏の大木が
市川市の保存樹木として大切に保存されている。押切稲荷神社【由緒】
押切の地に鎮守する迄の間、種々な経緯が有り今から凡そ三百五拾有余年前に
鎮座したが度々の津波等により本殿が破壊し、御尊対は、葛飾の里鎌田邑の長
寿院に預けられており、押切稲荷神社惣代が御尊対が空虚なるのを日夜遺憾に
想い、大正二年十一月四日長寿院に返還を申し入れし、鎌田村村議の結果大正
二年十二月十九日早朝返還が相成り氏子惣代一同御舟にてお迎えし本殿へ無事
安置し現在に至る。
市川市保存樹木『千壽銀杏』

行徳・徳願寺

徳願寺

徳川家康の帰依により、慶長十五年(1610年)に、徳川の『徳』と
勝願寺の『願』の二文字をとって徳願寺と名が付けられた。

宮本武蔵の落款のある書と八方にらみの達磨の絵、円山応挙の幽霊
のえなどの寺宝は、毎年十一月十六日の日に一般公開される。
境内には市川市指定文化財の山門・鐘楼・経蔵・宮本武蔵の供養塔
などがある。
行徳・徳願寺
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